ポケットにベーターカプセル

 前回の更新から少し間が空いて、気づけば今年も半分以上が終わったという報告がありました。

 残りはあと三ヶ月半だって?

 それはきっとフェイクニュースに違いない。


 という妄言はさておき、筆無精になっていた理由はどう言えばいいのか…。色々と忙しかったこともあるのですが、2022年というものをなかなか受け入れられなかったんですよね、心理的に。

 正直な話、現在もまだどんな枠組みで数々の歴史的事件を捉え、実感し、今後を過ごしていくべきなのか、微妙な困惑が尾を引いている感じ。このブログには基本、馬鹿馬鹿しいことしか書かない方針なのですが、その余裕が湧かなかった。

 今年は歴史が動きすぎていると思うんですよ、大きな視点から見て。未来の教科書でも2022年は取り扱う情報がかなり多いページになることでしょう。

 コロナ禍は終わる気配がなく、2月に始まったロシアとウクライナの戦争は落とし所が見えず、7月には元首相が白昼の凶弾で暗殺され、さらにその犯人の動機は元首相というよりも特定宗教団体への恨み。そして現政権との癒着を正当に調査してもらうためというものだった。

 フィクションじみていて、なんだか現実のこととは思えません。

 でも事実。

 平成という、今と比較すればずいぶん平穏な時代を主に生きてきた自分にとっては正直、強引に目を覚まさせられたような心境なのでした。なんと表現しようか。学生時代に机上のこととして学んだ歴史の激動的な内容が、急に他人事ではないリアリティを伴って思い出されてきたとでも言いますか。じつは歴史って途切れなく現在と地続きなのだよな、と。


 そしてある意味、人間もまた地続きなのかもしれない。

 思うに今って、一部の巨大企業が提供するネットワークサービスを無償で使える(ように見える)から便利な社会になってるだけで、実際のところ、そこに属する人間の中身はあまり変わってないですよね。昭和、大正、明治――それこそ江戸時代の辺りから、人のやってることって似たり寄ったりですし。

 例えば日本有数の平和な時代と言われた江戸時代でも、後期ともなれば色々あった。打ちこわし、世直しの反乱、尊皇攘夷運動、天誅と暗殺、そして戦争。

 これらの表層を少し整えると、現代にもそのまま当てはまるものが結構多いと思うんですよ。

 上記の他にも身近なところだと――江戸時代の身分制度って今でいう「親ガチャ」的な考え方に近くないですか?(人生は出生時の親のステータスで全てが決まり、自由意志は価値を持たないというスピノザ的決定論)

 また、豪商が米を買い占めて値段を高騰させて不当に儲けていたのは、昨今大活躍している転売屋の所業に近くないですか?(ある種の商品は今や定価ではほぼ買えない)

 それから、民衆が集団で踊りまくった「ええじゃないか」運動の本質部分は、SNSのバズや炎上騒ぎに近くないでしょうか?(皆で熱狂して盛り上がることが主目的で、内容は置き換えが可能)

 別に近くないと思う――と内なる声が聞こえてきたところでこの話はおしまい。牽強付会にもほどがありました。

 

 しかし、いわゆるZ世代より年下の、この先の令和を主戦場として生きていく人たち――アルファ世代と呼ぶそうです――は、目下学校で勉強中の歴史と今の日本の状況を照らし合わせて何を感じ、何を思うのか、ちょっと気になる今日この頃だったりします。


君はあの影を見たか

 先日の週末、所用で近くに行ったので立ち寄りました。

 祖師ヶ谷大蔵――世田谷区、小田急沿線にある住みやすそうな街です。そしてそこは特撮の巨匠・円谷英二さんが1963年に円谷プロダクションを設立した、ウルトラマンのルーツの地でもあるのでした。地域活性化のために版権の使用を許可しているとのことです。

 ちょっと前にシン・ウルトラマンの映画を観たこともあって、機会があったら行ってみようかとぼんやり思っていました。機は熟し、かくして我々はM87の始まりの地へ調査に降り立ったのだった。

 商店街と住宅街の境界アーチ上に飾られているウルトラマン。

 この飛行ポーズ、好きなんですよ。

 飛行機で言うと翼を前に突き出してるようなものですからね。地球上の既存科学――揚力やベルヌーイの法則などとはまったく無関係に、異文明の完成されたエレガントな重力操作で飛んでいるということでしょう。その飛行姿は非人間的かつ超越的で、理屈を超えた憧れを掻き立てられます。

 I'm flying...

 こんな感じの商店街で、休日ながらほのぼの静かで落ち着ける。ユーモラスな怪獣ののぼりと裏腹に、近くの店の軒下では風に吹かれた風鈴がちりりんと趣のある音を立てている。もう夏も終わりですねー。

 上の写真はこの地区の交番。ウルトラマンの顔をモチーフにしているらしい。黄色い丸い部分が目に相当する?

 しかし人の姿はおろか雲一つない晴天下、なんだか非現実的な印象の写真です。

 ウルトラマンのデザインって、無駄な装飾が少なくて洗練されてますよね。体のベースカラーが銀色というのがまた渋い。

 怪獣が荒ぶる自然の象徴だから、それに対抗する科学・理知・秩序を司る――という考えのもと、神=仏像などからもインスピレーションを受けていると知人に聞いたことがあります。真偽は不明ですけど。

 愛嬌あふれる怪獣が日陰のベンチで休憩中。

 これはカネゴンという「ウルトラQ」などに登場するコイン怪獣で、がま口財布のような形の口には、よく見るとジッパーがついてます。常にお金を食べていないと死んでしまうとのこと。なんてご無体な設定…。

 それにしても魅惑的な造形です。

 昔のウルトラマンシリーズの怪獣のデザインは神がかっているものが多いと常々思っていて、その計算された縦横無尽の想像力にはただ感服するしかない。僕はTV番組の方は履修していないのですが、もしかしたらこんな物語だろうかと否応なくイマジネーションを掻き立てられるんですよ。

 見かけるとちょっと嬉しいウルトラなマンホールの蓋。

 知る人ぞ知るマンホールカードにもなってます。

 それにしてもバルタン星人って素敵なデザインしてますよね。もうシルエットの時点ですごく魅力的。

 ふと、これは誰が考えたのかと思って調べてみたところ、初期のウルトラマンや大量の怪獣をデザインしたのは成田亨さんという、青森県出身、ムサビ卒の彫刻家兼デザイナーだそうです。

 確かにそれを踏まえて改めて見ると諸々の怪獣が急に芸術的に思えてくる。巷で話題の石川県能登町の巨大イカ像ではないですが、お台場などで巨大な立像にしたら相当映えそうです。


 ●マグミクス「バルタン星人は好きじゃない?」

  https://magmix.jp/post/55515

 上記はローマのコロッセオの壁画に刻まれた古代彫刻……

 に見えなくもないですが、駅前の広場にある駐車禁止の柱の上の部分です。

 帰りに立ち寄った下祖師ヶ谷の神明社。もうウルトラマンとは関係ありません。

 北のウルトラマンアーチと祖師ヶ谷大蔵駅の中ほどにある神社です。

 なんでも南北朝時代に新田義興と義宗がこの地を通り、祭神が天照皇大神だと知って戦勝祈願をしたのだとか。無人の境内は静まり返っていて心落ち着く優雅な時間を独占できました。

 神明社というのは、いわゆる伊勢信仰の神社。

 総本宮が三重県の伊勢神宮で、それ以外の場所にあるのが神明社や神明宮です。

 天照皇大神などを祀る、いわゆる記紀(古事記と日本書紀)由来の神社って、じつはそこまで多いわけではないんですよ。

 神社で一番多いのは八幡神社、もしくは稲荷神社(勧請された摂社末社を含めると膨大な数になる)だと言われていますが、この二つは古代まで遡ると渡来系だから記紀に登場しません。八幡神が応神天皇と習合するのは古事記の編纂後で、稲荷神がもともと秦氏の食物神なのは有名な話。

 他のメジャーどころだと天神は菅原道真ですから記紀に未登場ですし、藤原の氏神である春日神も事情は同じ。


 日本の八百万の神は歴史の流れの中で勧請(分霊)と習合(合体)が何度も行われ、変化していくのが特質。アトラスの某ゲームのようです。本地垂迹説で一時は仏教とも習合していました。そういう部分がユニークかつ画期的であり、起源自体にこだわるのは本質の誤読につながるという意見もありますが、最高位の天照皇大神を祀る神明社はやはりわかりやすく、ありがたいものだと思っています。

 自分はとくに御朱印集め等はしていないのですが、遙か昔の――それこそ何百年も前の場所がそのまま現代に残っているという点に激しくロマンを感じるんですよね。

 かつてここを当時の市井の人々が様々な願いを抱えて訪れた。百姓も町人も武士もお代官様も…。彼らの願望は果たしてどんなものだっただろう? どんな人生を送り、いかなる御利益を求めたのか?

 そうやって空想と想像力で遊べるのが寺社巡りの美点かなと。


栗丸堂の6巻について


栗丸堂の6巻を最近書き終わりまして、順調に進めば冬頃に刊行の予定です。

皆様お楽しみに。


また今回、祖師ヶ谷大蔵のマンホールに触発されて、勢いで和菓子風のものを作ってみました。

かつてこれほど血湧き肉躍る和菓子の図像があっただろうか…。(そもそもニーズがない)


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にとりの愉快な小部屋  -似鳥航一ブログ-

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