栗丸堂3巻 ~鳳凰堂の紫の上~

 明けましておめでとうございます、似鳥航一です。

 2021年という年が皆様にとって良き年となりますよう――ともっと早く書けばよかったのですが、先月に緊急事態宣言が発令され、以後何かと色々あって更新が遅くなりました。

 しかも気づけば緊急事態宣言は来月まで延長。年明け早々、今年も一筋縄ではいかなそうな雰囲気が漂っていますが、だからといって平成は良い時代だったと懐かしんでいても致し方ありません。感情的にならず、怪しげな煽りに踊らされることもなく、科学的根拠に基づいた感染予防を行いながら冷静な生活を心がけたいですね。

 それでも感染するときは感染すると思うのですが、人事を尽くしたら後は運。不運が降りかかっても、どうぞご自分を過剰に責めることのなきよう。寛容の心は人の理性の働きの中でもとりわけ難度が高く、だからこそ高等だと思っています。なんてことを声高に言っていいのは、本来は現場で体を張っている医療従事者の方だけなんでしょうけどね…。だったら、と逆張りで無意味な不寛容を実践しないように心がけたいものです。


 話は変わりまして、編集部に手紙を送ってくれたファンの方、ありがとうございます。熟読させて頂きました。返事は近々届くはずなのでお待ち下さい。

 また、バレンタインデーの贈り物を編集部に送ってくださったファンの方、恐れ入ります。お心遣い大変嬉しいです。励みにして今後も頑張ります。


新刊のお知らせ


 新刊のお知らせです。

 「いらっしゃいませ 下町和菓子 栗丸堂(3)鳳凰堂の紫の上」が2021年3月25日に刊行されます。

 現在、著者校の作業中なので、トラブルがなければこのまま出るはず…。

 サブタイトルの「鳳凰堂の紫の上」というのは、今回の内容――葵の両親と栗田の初めての顔合わせに端を発し、紐解かれる諸々のこと――をシンプルに象徴する言葉。今のうちに想像して楽しんで頂ければ幸いです。人間にとって交際相手の親に会うことほど緊張する出来事が他にあるだろうか?(探せば色々ある)

 じつは葵という名前も源氏物語に由来します。葵の祖父の愛読書の一つで、それが葵の母を経由して命名に影響しているという流れなのですね。

 お楽しみに。


海中夢

 以下は雑談です。


 先日、人に勧められてある漫画を読みました。

 登場人物はほぼ主人公ひとり。その主人公が仕事や生き方について色々と思索し、独創的な独白を続けるという形式の話です。その独白の内容が毎回示唆に富んでいて、凄く面白い。次に何を言い出すか予測不能で、なおかつ生物として本質的。とくに第二話では主人公がアメリカギンヤンマについて思考する展開になるのですが、個人的に深く共感し、心洗われました。


 ――今すぐ誰もいない場所に行きたい。そんなに遠くまで行ったらもう帰りたくない。そういう生き物はいるの?


 内観する主人公がそう自問した結果、脳裏にアメリカギンヤンマが浮かび上がるのですね。

 北米に生息するアメリカギンヤンマの中には1万キロ以上もの長距離を移動して移住するものがいるらしい。サケのように生まれ故郷に帰ってくるわけではないようです。その生態に魅了されて専門に研究している学者もいるのだとか。そして主人公はアメリカギンヤンマこそが命の理想形、人間が目指すべきモデルだと悟ります。結果、アメリカギンヤンマになりたいと強く願うのですね(※次のコマで我に返ります)。…僕も疲れると無性に誰もいない場所に行きたくなるんですよ。


 そういうわけでこの漫画を読んで以来、たまに妄想するようになりました。僕ならどんな生物を命の理想形だと認定するだろう。もしも今すぐ別な生物に変われるなら何になりたいか?


 うーん。

 地球上で敵に回すと最も恐ろしい生物はやはり人間でしょうし、そこから距離を取れる生物がいいですね。となると地上には住まない方がよさそうです。空は一時的な待避場所にしかなり得ませんし、だったら海の底がいい。人間にとって海はまだまだ未知の世界だと言われたりもしますし。

 貝がいいかもしれません。

 あまり動き回らなくても餌(プランクトン)に困らなそうだし、海底で静かに眠り続ける生活には夢があります。まさにその眠りの夢の中にこそ精神が生み出す無限の夢が浸透していると僕は思うのですよ。蜃気楼のような幻かもしれませんが。

 現実の貝に話を戻し――種類によっては寿命も長いようです。ホタテ貝などは10年程度ですが、アイスランド貝の中には数百年生きる個体もいるのだとか。以下はwikipediaのアイスランド貝のページからの引用です。

アイスランドガイは非常に長生きな事で知られている種である。最も長い記録は8.6cmの個体で507歳というものがあり、これは動物の中では最も長生きした個体ではないかと考えられている。この個体は、中国の王朝の1つに因み「明 (en:Ming (clam))」と名付けられている。


 貝には成長するに従って毎年一本ずつ年輪が刻まれるため、その本数で年齢がわかります。その貝は中国の明王朝が栄えていた頃に誕生したということみたいですね。

 507歳――絶対そこまで長生きしたくないですが。

 個人的に寿命は28年くらいがちょうどいいと思っています。

 これは皆があえて口に出さない真実ですが、じつは社会人として生きていない時間こそが本物の生なのです。生きるに値する日々って、学校を出て社会に出た瞬間――つまり現実世界で働き始めた時点で大体が終わります。以降はその余韻を味わう期間。かそけき余韻が消えた後の日々は何もかも余生です、と自分に対してよく言っています。今回はなんだか疲れた内容になってますね…すみません。何はともあれ、凪いだ心境になりたい時は一度お試しください。

 ちなみに魚の年齢の調べ方ってご存知ですか? 耳石についてわかりやすく書いてあるページを見つけたので貼っておきます。

 海の生き物の情報って、なにか妙に読み入ってしまうものがありますよね。どうしてだろう?

 それはきっと今では地上からほぼ消え去った神秘の残り香が感じられるからじゃないだろうか。原初の生命は海から誕生したそうですし、見つかっていないだけで新種の生物もまだ潜んでいるはず。

 しかし生物はなぜ海から生まれたのか? いろんな説がありますが、塩が豊富にある点は大きいでしょう。

 生命は人間も含めて化学機械だから電気で動いてます。電気といっても電子ではなく金属イオンを使う方。神経細胞の間を移動するナトリウムイオン(Na+)による電位差で神経伝達物質が分泌され、思考と動作が行われます。人間に限らず、魚や貝や虫なども同じ仕組みです。海には塩分=ナトリウムイオンが豊富だから、プロトタイプの生命体がその挙動を含め、自らを形作っていく試行錯誤の場としても最適で――。


 などと妄想していると海は静的なようでいて、可能性に満ちた豊穣な場に感じられてきます。そんなポジティブな言い訳も得たところで、生まれ変わるなら海の生物一択です。




 読んだのはこちら。凄い漫画です。全話とてもよかった。

にとりの愉快な小部屋  -似鳥航一ブログ-

小説家・似鳥航一の公式ウェブサイトです。

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