新刊のお知らせ

 僕はいつも朝は食べない派(一日二食)なのだけど、たまに食パンが無性に食べたくなってコンビニで買って夕食にしたりする。食パンでも連続三枚も食べればかなりの満足感がある。

 ふわふわの柔らかい食感が好きだから基本的に焼かない。常温でも溶けて塗りやすい、よつ葉の発酵バターを焼いてない食パンにたっぷり塗って勢いよくいただく。おいしい。あっという間にパンが胃の中に消えていく。そして気づけば得体のしれない唐突な欲求はすっかり消えて心安らかになっている。

 それにしても、あの脈絡のない唐突な食パン欲はなんなのだろう――みたいな話を知人にしたところ「食パンが食べたいという欲求」と直球で返された。


 そしておぼろげに心に浮かんできたんです。

 ――食パンが食べたい。だからこそ食パンが食べたいということです、という言葉が。


11/25発売『佳き結婚相手をお選びください 死がふたりを分かつ前に』


 メディアワークス文庫から11月25日に新作が刊行されるので、お知らせです。

 タイトルは『佳き結婚相手をお選びください 死がふたりを分かつ前に』。

 静岡県の、とある汽水湖の畔にある和洋折衷の大邸宅・海堂御殿を舞台に、悲喜こもごもの愛憎ドラマが描かれる婚姻ミステリにして柳田民俗学的説話。そして異端のシンデレラストーリーでもあります。

 イラストレーター・鈴木次郎さんの手による美麗な表紙が目印。ぜひ一読して頂ければ幸いです。

 海堂財閥の創業者・右近が残した異様な遺言。それは同家に縁がありながらも、理不尽な扱いを受けていた美雪にすべての財産を渡すというものだった。

 条件は海堂家の三兄弟のだれかと一ヶ月以内に結婚すること――。それが惨劇のはじまりだった。

 ある夜、結婚相手にと名乗り出た次男の月弥が同家の別えびす伝説に見立てられて変死を遂げ、美雪は否応なく遺産相続に巻き込まれていく。

 そして招かれた、異端の民俗学者にして探偵の桜小路光彦が連続殺人の謎に挑む。


 ●メディアワークス文庫のサイト

 https://mwbunko.com/product/322303001809.html

 ●kadokawa公式オンラインショップ

 https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322303001809/



<執筆こぼれ話>

 完成するまでの間、民俗学関連の文献をずいぶん色々と読んだ。正直なところ読みふけってしまい、それが非常に楽しかったです。

 小説に直接使えるのは資料の微々たる部分にすぎないんですけどね。知ること自体が純粋に面白い。異界としての昔の日本を、文字を追うことで精神的に探検している感覚というのかな。執筆が終わった今でも資料は細々と読み続けているくらいで。

 これはある意味、危険な面白さ。

 深掘りするほどいろんな事実が概念図のようにつながって吸引力を持ち、好奇心の沼に落ちて逃れられなくなる。もしかすると学者というのは、そういう知的興味の底なし沼に落ちた方々なのかもしれませんね。柳田国男、千葉徳爾、宮本常一、網野善彦(敬称略)……読みたい文献はまだまだ沢山。しかし一人の人間が所有する時間は有限。嬉しいような悲しいような、皆様も沼との付き合い方にはお気をつけください。


甘藷まつりと目黒のさんま


 甘藷先生という言葉をご存じだろうか?

 それは江戸時代の蘭学者・青木昆陽(あおきこんよう)さんの仇名。

 時は享保。飢饉の対策のため、琉球、平戸、薩摩を経て伝わった「甘藷」(かんしょと読んで、さつまいもを意味する)を普及させて、多くの苦しむ民衆を救った方なのだった。詳細を知りたい方はwikipediaをどうぞ。

 ちなみにさつまいもというのは、じつは比較的新しい食べ物で――。

 以下に『いらっしゃいませ下町和菓子栗丸堂5巻』に収録されている『大学芋』の話から抜き出して引用します。


「和菓子に欠かせない――例えば小豆などは縄文時代から日本にあるんですけど、さつま芋が日本で広まった時期は江戸時代ですから。甘藷先生のニックネームで有名な青木昆陽さんが、さつま芋を全国に普及させたんです。乾燥に強くて痩せた土地でも育つので、八代将軍、徳川吉宗が飢饉対策として奨励したんですよ」


「言うなれば、さつま芋は食糧難の時代、多くの日本人の生活を支え、命を救ったわけです。そして大学芋は、そのさつま芋の美味しさをシンプルに引き出した、秀逸な食べ物。そんなふうにわたしは捉えてますよ」


『いらっしゃいませ下町和菓子栗丸堂5巻』より


 と、そんな事情で甘藷先生には興味があったので先日、「甘藷まつり」に行ってきた。 

 これは毎年10月28日に目黒不動尊こと瀧泉寺(青木昆陽の墓がある)で行われる、甘藷先生を偲ぶ祭事。10月12日が甘藷先生の命日で、28日は毎年ここで縁日が開かれるからなのだそうです。

 以下、そのときの写真をぱらぱらと。

 甘藷まつりとはいうものの、屋台は基本的に、たこ焼きやお好み焼きといった「粉もの」が多かった印象。

 たしかに屋台でさつまいもは若干扱いが難しそうですからね…。あえてやるなら、さつまいもの天ぷらとか?

 浅草の和菓子屋・舟和の屋台は出張してきていたけれど。

 この先に大きな不動明王の像があるのだが、写真撮影は禁止なのでした。申し訳ない。

 甘藷先生の似姿も展示されていました。手に持っているのは杯でもお椀でもなく、さつまいも。

 なんだか焼き芋が食べたくなります。


『享保二十年 甘藷を植う

 甘藷流傳して

 天下をして飢うる人 無からしむる

 是れ予が願なり』


 そして現在さつまいもは世に広まり、日本で飢餓に苦しむ人は相対的にほとんどいなくなったのだった。甘藷先生ありがとう。


◆ ◆ ◆


 さて、お寺を後にして、しばし秋の陽射しの下をぽくぽく歩く。

 やがて行き当たったのは茶屋坂。これは落語「目黒のさんま」の舞台として、知る人ぞ知る場所なのだそうです。

「目黒のさんま」がどんな噺かというと――


 ある日、遠乗りに出かけたお殿様が、出先で庶民がさんまを食べているのを見て興味津々となり、自分も食べてみる。

 殿様は生まれて初めたさんまにすっかり魅了され、城に戻ってから後日、また部下にさんまを用意させようとするのだが、その味は目黒で庶民が食べていたものとは大違い。一流魚河岸で仕入れ、極めて上品な調理を施された代物であり、それ故に食の魅力に欠けていて――というお話。

 最後に殿様が「さんまは目黒に限る」と結論するのが笑いどころらしい。

 まあ目黒に海とかありませんから…。

 このさんまを食べた場所が落語家によってはこの坂にあった茶屋ということになっている。地元公認の設定です。創作された噺の方が世間に広まってしまい、原典の背景となる事実はもうわからないとのこと。


 ●目黒の坂 茶屋坂

 https://www.city.meguro.tokyo.jp/kuminnokoe/bunkasports/areanavi/chaya.html


包装紙について言いたいこと


 僕は実はひそかにZUTOMAYOの長年のファンだったりする。そして「鷹は飢えても踊り忘れず」ライブの動画がyoutubeに公式で上がっていたので最近よく観ている。誰も顔出しはしてませんが。

 ZUTOMAYOは構成が面白い曲が沢山あり、またユーモアを感じるファンクの技法が気持ちいい。演奏のフレーズは個性的で格好いいものが多く、とくにベースは誰もが印象的に感じるのではないかと。

 僕は包装紙をびりびりに破くとき、いつも「マイノリティ脈絡」という曲を思い出す。


にとりの愉快な小部屋  -似鳥航一ブログ-

小説家・似鳥航一の公式ウェブサイトです。

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